「今日のご飯、どうだった?」
仕事でクタクタになって帰ってきて、やっとソファに座った瞬間にこれ。
「…うん、おいしかったよ」
「ほんとに? なんか適当じゃない?」
(いや、マジでおいしかったって…)
心の中でそうつぶやきながら、スマホを握る手にじわっと汗がにじむ。言葉が足りなかったのか。でも、もう何を言えば正解なのかわからない。
こんな経験、ないだろうか。
承認欲求って、そもそも「悪」なのか?
最初にはっきり言っておきたい。承認欲求=悪、ではない。
人に認められたい気持ちは、呼吸と同じくらい自然なもの。マズローの欲求階層でも上位に位置する、れっきとした人間の本能だ。
問題は「量」と「向き先」。
適度な承認欲求は、夫婦関係にプラスに働くことだってある。ここ、見落としがちなポイントなんだよね。
承認欲求がうまく回ると、夫婦はこうなる
結婚10年目の先輩夫婦に飲みの席で聞いた話が、今でも忘れられない。
「お前ら、なんでそんな仲いいの?」って聞いたら、旦那さんがビールのジョッキ片手にニカッと笑ってこう言った。
「毎日、小さいことでも褒め合ってるだけだよ」
——は? それだけ?
正直、拍子抜けした。でも、よくよく考えると理にかなってる。
「認められたい」がお互いにあるからこそ、相手も認める。妻が料理を作れば「この味付け最高」と言う。夫がゴミ出ししたら「ありがとね」と返す。この循環がぐるぐる回ると、関係って驚くほど温かくなるんだ。
もうひとつ。承認欲求がある人は手を抜かない。「褒められたい」がガソリンになって、家事も育児も仕事も全力で取り組む。結果として家庭全体が底上げされる。
さらに言えば、人前でパートナーを誇れる人って強い。「うちの妻、めちゃくちゃ料理うまいんすよ」——これ、言われた側は胸の奥がじんわり温かくなるもんで。自慢に見えて、実はれっきとした愛情表現。
つまり、承認欲求はエンジンにもなる。
ただし。
暴走したエンジンは、事故を起こす。
「もっと褒めて」が止まらない妻に、俺は限界だった
ここからが本題。承認欲求が強すぎると、結婚生活はどう壊れていくのか。
俺の実体験を晒す。恥ずかしいけど。
結婚3年目くらいから、妻の「認めて」サインがどんどんエスカレートしていった。料理の感想を聞かれる。髪型を変えたら即座に気づくことを求められる。SNSに投稿した家族写真の「いいね」が少ないと、目に見えて不機嫌になる。
ある日、妻が美容院に行った日のこと。帰宅した俺は疲れていて、髪型の変化に気づかなかった。
「……何も言わないんだ」
リビングの空気が凍った。あの沈黙、今でも背中がゾワッとする。
「え、あ、髪切った? 似合うね」
「今さら言っても遅いよ」
(いやいやいや、気づかなかっただけなんだって…!)
こっちからすれば些細なこと。でも妻にとっては「あなたは私を見ていない」という重大なメッセージだったらしい。そこから3日間、ほぼ口をきいてもらえなかった。
これが繰り返されると、どうなるか。
「地雷がどこにあるかわからない恐怖」で、家にいるのに全然くつろげない。常にアンテナを張って、褒めるタイミングを探して、正解の言葉を選んで——。
はぁ…。
あの頃、帰宅前にコンビニの駐車場で10分くらいボーッとしてから家に入るのが日課になってた。同じ経験がある人、たぶんいるよね?
承認欲求が引き起こす4つの闇
俺の体験も含めて整理すると、承認欲求が暴走したとき、夫婦に起きる問題はだいたいこの4つに集約される。
パートナーへの依存と、底なしの不安
自分で自分を認められないから、相手に認めてもらうしかない。でも、どれだけ褒めても満たされない。まるで穴の開いたバケツに水を注ぎ続けるようなもの。注ぐ側は、いつか枯れる。
些細なことが爆弾になる
髪型に気づかない。LINEの返信が遅い。「ありがとう」のトーンがなんとなく軽い。——普通ならスルーできることが、大喧嘩の導火線に変わる瞬間がある。
“完璧な夫婦”を演じ続ける消耗
外では仲良し夫婦。SNSはキラキラ。でも家の中はギスギス。この二重生活のエネルギー消費、ハンパじゃない。本音を出せない関係は、静かに腐っていく。
子どもにまで影響が飛び火する
「すごい子どもを育てている良い親」と思われたくて、子どもにプレッシャーをかける。子どもの運動会の動画をSNSに上げて「いいね」の数に一喜一憂する。——子どものためじゃなく、自分の承認のために子どもを利用してしまう怖さ。これは見ていてゾッとした。
俺が実際に試して効果があった3つの対処法
さて、ここからは「で、どうすりゃいいの?」に全力で答える。
カウンセラーに教わったことと、自分で試行錯誤したことを混ぜて書くから、使えそうなものだけ持っていってほしい。
①「具体的に褒める」を徹底した
転機は、ある本に書いてあった一文。
「人は”褒められた”のではなく、”見てもらえた”と感じたとき、満たされる」
これを読んで、ハッとした。
俺はそれまで「おいしいよ」「すごいね」で済ませていた。でも、それって相手からすると「本当に見てる? 適当に言ってない?」なんだよね。
だから変えた。
「この肉じゃが、味がしっかり染みてて最高」「お風呂場のカビ取りしてくれたの気づいた。ピカピカじゃん」——こんなふうに、何がどう良かったかを5秒だけ考えて言葉にするようにした。
結果? 妻の「ほんとに?」攻撃が、みるみる減っていった。マジで。あの疑り深い目が、ふわっと柔らかくなる瞬間を見たとき、胸の奥がじーんとした。
②「今は無理」と正直に言う勇気を持った
全部に応え続けたら、こっちが壊れる。これは断言できる。
だから俺は「境界線」を引くことにした。
「今日はちょっと仕事で頭パンクしてるから、週末にゆっくり話聞かせて」
最初は妻も不満そうだった。(あ、また怒るかな…)と心臓がバクバクした。でも、「後でちゃんと聞く」という約束をセットにしたら、意外と受け入れてくれたんだよね。
ポイントは「拒否」じゃなくて「延期」。「聞かない」じゃなくて「今じゃない」。この違い、でかい。
③「週イチ褒め合いタイム」を導入した
これは40代の知人夫婦から教えてもらった方法。毎週日曜の夜、30分だけ「今週お互いに良かったこと」を話す時間を作る。
ルールは3つ。相手の話を遮らない。必ず一つは褒める。スマホは触らない。
(30分くらいなら…まぁいけるか)
正直、最初は面倒だった。でもやってみると、不思議なことに口論が激減した。妻は「ちゃんと聞いてもらえる時間がある」という安心感を得られたし、俺は「この30分さえ乗り切れば平和」という見通しが立つようになった。Win-Winってやつ。
「俺自身の承認欲求」にも気づいた話
ここからが、この記事で一番伝えたいこと。
妻の承認欲求に向き合ううちに、ある日ふと気づいてしまった。
——俺も、めちゃくちゃ認められたかったんだ。
仕事で成果を出しても、誰も「頑張ったね」とは言ってくれない。家事を手伝っても「やって当然」みたいな空気。休日に子どもと公園に行っても「イクメン」なんて言葉はもう死語。
(俺だって、たまには「ありがとう」って言われたいんだよ…)
この気持ちに気づいたとき、頭をガツンと殴られたような衝撃があった。妻のことを「承認欲求が強い」と思っていた俺自身が、同じものを抱えていたなんて。
ここで俺がやったのは、3つ。
まず、寝る前にノートを開いて「今日、自分がやれたこと」を3つ書く。「朝ちゃんと起きた」「プレゼン乗り切った」「子どもの宿題見た」——なんでもいい。他人じゃなく、自分で自分を認める練習。
次に、褒められたとき「いやいや全然」と返すのをやめた。代わりに「ありがとう、うれしい」と受け取る。たった8文字。でもこの8文字が、最初は恥ずかしくて喉に引っかかるんだ(笑)。
そして、どうしてもキツいときはカウンセリングに行った。「男がカウンセリングなんて」って思ってたけど、行ってみたら目からウロコの連続。自分の承認欲求がどこから来てるのか、根っこが見えた瞬間、肩の力がストンと抜けた。
見栄で家計が崩壊しかけた後輩の話
最後に、俺の後輩の話をさせてほしい。
20代で結婚した彼は、とにかく見栄っ張りだった。ローンで外車を買い、ブランド物で身を固め、飲み会では必ず奢る。全部「すげえな」って言われたいから。
でも当然、貯金はゼロに近づいていった。
奥さんがついに切り出した夜、後輩は「別に問題ない」と突っぱねたらしい。でも奥さんの目から涙がこぼれた瞬間、後輩の手が震えたそうだ。
(あ、俺、何やってんだろう)
二人でカウンセリングに通い始めて、「見栄の代わりに安心を選ぶ」と決めた。外車は手放した。ブランド物も売った。後輩は「最初はプライドがズタズタだった」と笑うけど、今は「通帳の残高が増えていくのを見ると、あの頃より全然気分がいい」と言ってる。
承認欲求の暴走は、お金まで食い潰す。これ、男は特に注意したほうがいい。
「認められたい」は、恥ずかしいことじゃない
承認欲求は敵じゃない。うまく付き合えば、夫婦関係を温める燃料になる。
でも、量を間違えると家庭を焼き尽くす火にもなる。
大事なのは、3つだけ。
相手を具体的に認めること。自分の限界を正直に伝えること。そして、自分自身の「認められたい」にも気づいてあげること。
完璧な夫婦なんていない。褒め合って、ぶつかって、また歩み寄って——その繰り返しの中に、たぶん答えがある。
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